ドラゴニア・ドラゴン。子供がドラゴンを多用できるワケ。
ドラゴン。
日本名「龍」または「竜」。
全世界に多種多様存在。
原種は不明。
生息地により、個体に著しい違いがみられる。
・・・ここまで、戦闘曲BGMだったから、解説風。
ここからは、いつものテンションで。
一概に「ドラゴン」といっても、それは一つのものを現さない。
イメージの問題だ。
西洋の龍は、鋭い爪、トカゲのような肢体に大きな羽。
角を持ち、性格は凶暴。
ファンタジーで言われる「ドラゴン」はこちら。
対して、中国の「龍」は、蛇の体に鯉の髭。
超越者という言葉がふさわしい存在。
日本画の龍は、こちらだろう。
今回は、このような違いがあることは承知の上で、
「ドラゴン」もしくは「龍」とひとくくりにして、話を進めよう。
基本的には、西洋龍と解釈して頂きたい。
・
ドラゴン、というものに、どんなイメージをお持ちだろうか?
人によって違うだろう。
・最終面のボス
というひともいれば、
・頼もしい切り札
という人もいるだろう。
現代の私たちは、少なからず「ドラゴン」に憧れる。
現代の主人公は、ドラゴンを使役する。
それを見る私たちは、その姿にかっこよさを感じる。
ドラゴンのその強さ、そのかっこよさにだ。
だが、なぜであろうか。
古代、ドラゴンは、悪の象徴だった。
凶暴、暴虐。倒すべき敵。
一度は、西洋の「龍退治」を耳にしたことがあるだろう。
王女様を助けに、若者は龍と対峙し、勝利する。
古代の龍は、倒されるべき敵にして、最強の悪。
そしてこの傾向は、現代も薄れることはない。
現に、(最近はそうでもないが、)
カードゲームにおける龍は、基本的に赤い色=攻撃と焼却の色
もしくは、黒い色=死と破壊の色に存在する。
私たちが信仰する龍は、本来はこういうものだ。
これが、学名ドラゴニア・ドラゴンの生態。
最近の子は、このようなことを知っているのだろうか?
知らないとしたら、なぜ、惹かれるのだろうか。
なぜ、悪であるドラゴンに、願望を感じるのか。
・
「悪への願望」「破壊欲」「使役欲」
そういう心理学の話も、確かに面白いだろう。
だが、素人の僕には無理だ。
だから
「なぜ、恐怖と嫌悪の対象となるべきドラゴンが、
この世界で信仰されているのだろうか?」
・
ドラゴンには、もう一つの面がある。
それは、守護するものの姿。
黄金の羊の皮を。王の財宝を。
その強さで、敵を寄せ付けない。
これは一概に悪、と断定することはできない。
だが、たぶん、ではあるが、
最近の子供たちは、こんなことを考えてはいないだろう。
ではなぜ、ドラゴンに惹かれるのか。
・
可能性は、単純だ。
「学名ドラゴニア・ドラゴンは、時とともに大幅に生態を変化させた。」
龍が持つ凶暴性は失われ、人に使役される強大な力となった。
狼にとっての犬のように。
もしくは、単純に「神聖な幻獣」として。
フェニックスやユニコーンと同じ。
だから、龍は人間に使役されるし、
「神聖な龍」(白い色=防御と秩序の色)なんて言い方が生まれた。
龍は友達、なんて主人公は言えた。
・
ゲームの普及だろうか。物語の普及だろうか。
昔と今では、ドラゴンは違うのだ。
昔のような、凶暴な敵ではないのだ。
犬のように従順なしもべでしかない。召喚される「凄い」でしかない。
もしくは、立ちはだかるパズルのピースでしかない。
だから、たやすい。
ゲームの普及だろうか。物語の普及だろうか。
昔と今では、ドラゴンは違うのだ。
昔のように、忌み嫌うべき存在ではない。
私たちに力をくれる。私たちを「勝ち」へ導く。
攻略できる敵のなかで、最も強い神秘的な超龍。
だから、かっこいい。
・
現代のドラゴンは、カブトムシのように、
ボクの代わりに戦ってくれる、さいきょーの戦士。
・
みんなのなかの「ドラゴン」は、もう「邪悪な敵」ではないのかもしれない。
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