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子供の夢、若者の夢。

僕がまだ、何も知らない子供だったころ、

夢、というものは、何か輝くかっこいいものだった。

夜に見る夢しか知らなかったころ、

沢山の曲で唄われる夢は、美しい言葉で彩られているように感じた。

「夢をもて!諦めなければ必ず叶う!」

今考えれば、なんて安直な言葉だろう。

だが事実、僕が考えた夢は、凄くてかっこよかった。

こんな書き方をしたんだ。続きは決まっている。

今は。

現状の僕にとっては、持つことを強制される、重荷にすら感じられる。

恐怖と不安なんてありきたりな言葉から、リスキーとかなんとかな、かっこつけた言葉まで、どんな言葉でも表せるが、どんな言葉も適当に当てはまらない、未来の恐怖。

快楽、という一言で表せる、現状の、舌が痺れるような甘味。

この状態でどんな、そしてどうやって、夢を持てというのだ。

甘えだと?なら、認めよう。

だが、一つ。

夢って、急いで決めるものなのか?

自分を有利にするために、作り出すものなのか?

ただの甘え。ただの戯れ言。

夢を持つ者よ。

自信を持て。

夢なき人より、前にいる。

僕の、「今の」夢。

充実と、満足。

これじゃ、だめかなぁ。

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コメント

いいんじゃん?
埜明にとって、夢=目標だから、夢はいつでも持ってる。
ある人が言ってたよ。
『大きい目標と、小さい目標を持て』
たとえば、『幸せになりたい』というとっても大きな夢、目標。
それに伴う『今日は誰かと笑顔で会話する』というプチ目標。

それがあるから、今日も生きていこうって思えるんじゃないかなぁ~・・・


・・・ごめんね、文章メチャメチャで。

投稿: 埜明 | 2009年4月21日 (火) 19:53

第二次世界大戦中、アウシュビッツに連れられてきたユダヤ人がいた。
彼は妻や子供を殺され、自分もいつ殺されるかわからない中、発狂しかけていた。
毎日毎日、朝が来るごとに今日殺されるのではないかと考え、おびえていた。
彼はある日、思いついた。
これからは、どんなに小さな喜びをも大切にしていこう。
なんでもいい。あらゆることに興味と関心を持っていこう。
そして、今日生きていることに喜びを感じよう。
それから彼は、今日の夕御飯は何だろう、ベーコンが出たら嬉しいな、といったささやかな喜びを見つけていった。

この世の中は、楽しいこと、うれしいこと、美しいものにあふれている。
でも、僕たちはそれに気付かない。
いや、気づこうともしないのではないだろうか。
あなたは、どうだろう。

全然僕らしくないな。どうしたんだろ

投稿: わおわえ | 2009年4月25日 (土) 15:04

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